2017年12月

 
 
白生地屋さんから和服の染織用しては最長サイズ、振袖用の六丈物が届きました。


本当に太い巻ですね。六丈とは約18mもあります。

 この生地の登場で、今手元に全種類の長さの白生地が揃いました。
あまりない事なので、揃い踏みさせて撮影しました。


左から染帯用、訪問着用の三丈物、四丈物、振袖用の五丈物、六丈物。
(10尺で1丈→3メートル強)

 着物の場合、裾回し(裏地)を表地と同じ生地で染めるかどうかと、袖の長さや身長で必要な生地の長さを割り出します。五丈物は一般的な振袖サイズで、長い袖と裏地がとれます。六丈物となると袖の振りなどの飾りを染めることが出来ます。

 振袖用と訪問着用では幅も違います

若い方の体格が良く、振袖用は幅一尺五寸あるのが普通になってきました。

 訪問着を誂える時、四丈物を使い裏地を表地と同じ生地で染めると豪華とされていますが、三丈物と裏地専用のパレス地などを合わせて染めることも多くあります。
実は着やすさ、歩きやすさではパレス地の裏地の方が優れています。すべりがよいので絹地特有のシャッシャッという感触で裾さばきしながら歩くのはなものです。いずれにするかはお好みと、地紋で選んだ生地が何丈物だったかによることが多いようです。

 この機会に地紋も写してみました。

 左下の六丈振袖用は本文(ほんもん)と呼ばれる地紋。沙綾形と四君子を組み合わせた模様で、模様の大きさには種類がありますが、ほぼ振袖専用の地紋です。


左二番目の五丈振袖用は桜花びら散らし
四丈物は牡丹ぼかし雲。三丈物は変り模様でレースのような模様を浮かせた織りです。

 帯では金通しの生地もよく用います。


金属糸が織り込まれていると最初から生地はベージュの色合いで、染めると金色が発色します。白の帯地の地紋は「石畳」です。


 いずれにしても絹の白生地は本当に綺麗で、広げるといつも「すみません、これから色をつけちゃいます」という気持ちになります。<(_ _)>

東京手描友禅の道具・作業 | 03:20 PM | comments (x) | trackback (x)
着物といっても種類は様々ですが、上野の国立博物館で見た火事装束には驚きました。


  火事装束 紺木綿地 刺子 人物模様(19世紀江戸時代)


解説によれば、鳶(とび)職たちが担った町方火消しの装束だそうです。


 木綿生地に刺し子をして丈夫にしてあります。確かに刺し子になった布に水を掛ければ火が燃え移りにくかったことでしょう。

 この派手な装束で消火作業をしたのですね。
無事に鎮火すると、裏の派手な描き絵を見せて歩いたそうです。何人も組んで肩で風を切って歩いたことでしょう。
火事と喧嘩は江戸の華と言ったそうですが、といえば、


火事装束 猩々緋 羅紗地 波鯉模様 (抱き茗荷紋)19世紀江戸時代

この真っ赤っかの火事装束は大名家の装束だそうです。

 頭巾も付ければ全身燃え立つようですね。

 女性用で火事に備えて用意していたものだと解説されています。抱き茗荷はどちらのご家中でしょうか。胸元も凝っています。


それにしても華やか。これで江戸の町をのし歩く機会はなかったと思うものの…
「火事だ!」という一大事で、お姫様がこんな装束に着替えようという発想が面白いですね。
 遠目には鳥の模様が刺繍されているかに見えましたが、近づくと鳥はワッペン状になっています。

この羽根の先が生地から浮き上がっているのは、縫いがとれてしまったのか、わざと飛んでいる雰囲気を出すべくわざと縫い付けなかったのか、どちらでしょう!(^^)!

いずれにしても目立つことが目的のような意匠です。

 江戸時代までの日本人、特に江戸っ子は陽気で踊り好き、自己顕示欲も強く遊び上手でラテン気質だったと聞いたことがあります。
そういえば源平武者の鎧は五色に彩られていたし、秀吉や政宗など戦国武者の派手さも有名。信長は宣教師も驚く和洋折衷の装いで目立っていたらしい…
今の私たちの横並び意識の強さは明治以降の学校教育の結果でしょうか~~??(+_+)

展覧会ルポ | 04:52 PM | comments (x) | trackback (x)
 

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