東京友禅は、ぼかし屋友禅へ

 
前年度後半にNHK BS放送が懐かしの刑事コロンボの人気投票上位20を下位から順に土曜日に放送を続け、一番好きな「別れのワイン」が3月の最後、つまり第一位として放送されました。
過去数回見ていますが、今回初めて気づいたことがあり、テレビ画像をお借りして紹介させていただきます。

それは各場面に「赤」が「挿し色」として使われていること。

挿し色とは画面にアクセントとして使われる色で、絵画にも映画にも、織物や友禅染にもあります。
日本映画の小津安二郎監督が赤を好んで挿したそうです。この「別れのワイン」にも赤が、疑惑や緊張感を高める効果で使われているのです。
(写真では全体に朱赤になってしまいましたが、テレビ画像では真っ赤や重々しい赤ワイン色)


犯罪の舞台となったロスアンゼルスのワイナリー

ドラマは赤ワインの乾杯シーンから始まります。



左がエイドリアン・カッシーニ
高級ワイナリーの責任者で世界有数のワインの目利き。
愛蔵の赤ワインでお客様をもてなしている。
私室に戻ったところ、仲の悪い異母弟が入り込んでいる。
実はワイナリーは弟の名義。弟は実務は行わずに利益だけ持っていき派手な生活。


多額の現金目当てにワイナリー売却を決定したと、いきなり告げられエイドリアンは激高。手近な置物で弟を殴り気絶させてしまう。

ニューヨークへの出張予定があることを利用し、エアコンを切ったワイン貯蔵庫に閉じ込めて留守中に窒息させればアリバイを作れると思いつく。彼は気絶している弟を貯蔵庫に放り込む。
貯蔵庫に鍵をかけ、ヤレヤレと思った彼は弟が乗ってきた真っ赤な車に気付く。
(結局この車がコロンボを彼のもとへ引き寄せることになる)




彼のネクタイは赤ワイン色。

自分の車庫に隠すと

素知らぬ顔で予定通りニューヨークへ出発。

飛行機内の様子。


座席で隣の秘書に弟あての手紙や送金を指示し犯罪偽装する。
静かな機内の場面で秘書がメモのため赤い鉛筆を走らせる。
鉛筆の赤色だけが忙しげに動く。
(この秘書は後で事実に気付き、彼を脅して結婚を迫る)

ニューヨークのオークション会場。
彼がいかに目利きか、そしてことワインに関しては浪費もしてきたと伝わる場面。


帰宅後、彼は弟の車にあったダイビングウエアを遺体に着せ、車に乗せて海に運ぶ。遺体は海に落とし車は海岸に放置する。


ダイブ中の事故に見せかけるために。

さてコロンボの登場。


カッコイイ車を羨ましがる若い警官の言葉から、
車は海岸に置かれたばかりだと気付く。
推定死亡は何日も前なのに。

コロンボが遺族としてのエイドリアンに合いにくる。


ストーリーはすべて赤ワインと共に進む。


エイドリアンはコロンボが遺族に会いに来たのではないと気付く。

コロンボはワイナリーの様子を調べる。


彼の友人たちに聞き合せをする。



(コロンボが忙しく移動中だと現す場面。
赤のために落ち着かない雰囲気。通行人の服まで赤)

彼がどんどん追いつめられる緊張が漂う画面が続く。


状況から彼が犯人と確信したコロンボだが証拠がない。

彼のニューヨーク滞在中(ワイン貯蔵後のエアコンが切れていた間)、ロスアンゼルスが季節外れの高温に見舞われていたことに気付いたコロンボは、彼を高級レストランに招待する。


出かける彼と秘書。夕暮れの灰色の中に秘書の服の裾の赤が際立つ。

コロンボはソムリエの協力を得てエイドリアンの貯蔵後から持ち出した高級ワインを、素知らぬ顔でふるまう。

(後ろの席には真っ赤な服の人が、ソムリエの盆には重厚な赤色が)

高温のためワインの風味がすでに損なわれていると見抜いた彼は、
同時に自分の貯蔵庫のすべてがダメになってしまったことを悟る。

(テレビ画像では彼の手元の瓶の口も鮮やかな赤)

自分に対する怒りに任せて、ワインを海に破棄しているところにコロンボがやってくる。

ワイン瓶の赤が効果的。車のテールランプの暗い赤と合わせて、まさしく挿し色

彼はワイン初心者だったコロンボがワインの温度変化などの勉強を重ねて犯罪の自供に追い込んだことを称賛、コロンボは自分の運転で彼を連行する途中、最高級のデザートワインをエイドリアンに贈り乾杯する。


ここで初めて赤が一切無い画像となる。 ワインも
観ている側の緊張がホッと解けてドラマが終わる。

この作品はコロンボシリーズ人気投票で、2位を引き離しての1位だったそうです。
シリーズには珍しく衝動殺人であること、犯人とコロンボが互いを尊敬しあう点が人気の秘密と思っていましたが、今回は映像そのものもストーリーを引き立てているのだと気付きました。撮影する時に効果を考え、色調の方針を立てて作品を作るのでしょうね。名作は何度見ても面白いです。


犯人エイドリアン役はドナルド・プレザンス、映画「大脱走」で主要登場人物の一人を演じた名優。私がリアルタイムで知っている刑事コロンボの方も、すでに時代劇になってしまいました。
挿し色についてはこれからも機会を作って、着物や和物の場合でご紹介したいと思います。


東京手描き友禅 模様のお話 | 01:55 PM | comments (x) | trackback (x)

大きな大きなバラの帯をお試し中です。



糸目糊を通常より太く引いてみています。
太く勢いのある糸目糊を大きくな花に合わせてみるつもりです。


下絵の上に糊を置いた所と、まだ下絵だけの所と。色が違います。


ゴム糸目の場合は伸子に張らずに生地を机に置いたまま引く方も大勢いらっしゃいますが、私はもともと真糊の出なので、真糊の引き方のままゴム糸目も伸子に張って引いております
生地の向きを変えやすく、糸目に強弱をつけやすいので。


ぼかし屋の染め風景 | 10:41 PM | comments (x) | trackback (x)

東京手描友禅は「粋に染める」を旨とするので、京友禅ほどには華やかな金銀や刺繍はしないのですが、柄行きによっては金銀を多く使うこともあります。
今日は染め上がっている生地に銀色で柄付けしました。



かつて銀色は着物にはあまり使われませんでした。時間と共に黒くなってしまうからです。光琳の紅白梅図屏風の「真ん中の黒い水の流れは本来銀色に輝いていた」というのは有名な例です。
今はアクリル系の合成樹脂からよい顔料が作られているので、模様や色合いに銀色がふさわしければ変色を心配せずに銀色を使うことができます。
材料屋さんに行くと金色から銀色、その中間色も色々揃っています。自分の好みの色調、濃度に調整して使います。


既製の筆、刷毛といっしょに変な筆が写っています。
古い染料筆の傷んだ穂先を切り落としたものです。銀をぼかす時に愛用しています。筆自体が工芸品なので最後の最後まで使い、基本的に捨てることはありません

ここに銀を入れようという所に青花ペンでアタリをつけます。



通常、下絵は青花を筆描きしますが、このような場合は手芸用のペンも便利です。


銀色を描き入れたところ。菊の花びらが増えて華やかに。
この菊は、最初から花びらの一部を銀で描くようにデザインしてあります。


このような金銀での仕上げ作業は、染めという大仕事を終えた後にするので、何となく気持ちが軽く、楽しめる工程なのです。


東京手描友禅の道具・作業 | 10:13 PM | comments (x) | trackback (x)




ぼかし屋宮崎は主に友禅染の体験コーナーにおりますが、今年は申し訳ないことですが、都合により最終日3/3は会場におりません。

浅草雷様の近くです。お参りのついでがありましたら、お立ち寄りください。
どなた様でもご自由に見ていただけます。友禅の体験は所用一時間くらいの方が多いようですよ。今年は秋草柄です。お試しください。


追記→染芸展が無事終了しました。


幾度も製作している紫陽花の図柄です。
今回はちょっと雨が降り過ぎな感じではありましたが、ご好評頂きました。
お知らせ | 11:30 PM | comments (x) | trackback (x)

前回ブログの続編、追加版です。

奈良時代のメモ帳からスタートしたとはいえ、形が末広がりであったことから扇は実用兼、縁起物としても喜ばれ、安土桃山期には絵師たちが扇絵に腕を振るうようになります。長谷川等伯や狩野派も扇を製造販売していたという説もあるそうです。
そして江戸初期に現れた琳派の祖、俵屋宗達。「俵屋」ブランドの扇は優れた扇絵で大人気だったそうです。


      画像は日本美の昇華、朝日新聞社より

2点とも和歌扇面。上が椿下絵、下は橋に波下絵
本阿弥光悦と俵屋宗達のコラボ作です。かの有名な鶴下絵和歌巻と同じ雰囲気で、
扇だった時の名残り放射線状の筋となって残っています。
扇は長期保存に向かないので、扇骨から絵を外して平に戻し、このように保管したのです。
ただ保管するより楽しめるように工夫されたのが、扇貼り交ぜ屏風


醍醐寺所蔵、醍醐寺展図録より

解説によれば、宗達の死後に製作されたと考えられていて、扇絵をただ列に並べるのではなく、散らし風にしておしゃれな配置となっています。扇の向きを変えたり、柄の部分を描いたり描かなかったりして変化をつけています。


扇は水に流したり、畳の上で投げたりして遊ぶものでもあったので、「扇を散らした図」は発想しやすい構図だったのかもしれないと思います。
宗達は江戸初期の画家です。今はよくある○○散らし、例えば花散らし、貝散らし、といった構図の初期の作品にあたると思います。

一方こちらは、始めから屏風絵にするために宗達が描いた扇散らし図。


フリーア美術館所蔵(画像は同館のホームページのダウンロードサイトより)

扇絵を貼ったのではなく、広い画面に扇を散らせた図柄を、宗達が構成して描いたものです。閉じた扇を混ぜたり、重ねたり。文字通り扇を散らせた構図です。

画像は屏風を真っすぐにして写した状態ですが、本来の屏風として飾られた写真があります。平面なのとは迫力が違いますよ。


      NHK BS放送「江戸あばんぎゃるど」の映像より

屏風全体で見た時の色のバランスも考えてあり、色調がすばらしいです、と申し上げるのもおこがましいですが。
「江戸あばんぎゃるど」は明治以降に米国へ流出した日本美術品、主に屏風などの絵画と、その流出経路、現在の保管状況のドキュメントで、今年1月に放送されました。
所蔵しているフリーア美術館チャールズ・ラング・フリーアの明治期の収集品を基に設立されました。
彼は「宗達の再発見者」とされていて、つまり明治期の日本人は宗達を評価することがなかった、そうです(T_T)
米国に渡ったから大切にされてきた面もあり…
遺言により所蔵品は門外不出。ワシントンDCの中心地にあるそうですが、観に行くには遠すぎます(T_T) かの「松島図屏風」もフリーアにあるのですよ~

〆のご紹介は酒井抱一の扇そのもの。


     武蔵野図扇面(上野 国立博物館の展示より)

解説文によれば、秋の武蔵野に昇る、または沈む月を描いているそうです。
宗達から約100年、これぞ扇絵!と言わんばかりの成熟した作品ですね。
私は昇る月、と見ましたが?


3/3 追記

ぼかし屋のお雛様、木目込みの親王飾りです。
後ろの屏風にご注目を。


酒井抱一の屏風のミニチュアです。
だいぶ以前に琳派の展覧会のミュージアムショップで買いました。
もともとお雛様の後ろは衝立だけでしたが、屏風が加わってオリジナル感が出ました。


展覧会ルポ | 02:00 PM | comments (x) | trackback (x)
サントリー美術館で開かれた「扇の国」展を見てきました。



友禅染や刺繍の着物の模様としてお馴染みのモチーフのひとつである扇。
扇そのものを描いたり、扇の形の中に花鳥を描いたり。

紅水浅葱段扇夕顔模様唐織 19世紀

と、ここまでは想像の範囲内でしたが、
これまでまったく知らなかった事も紹介されていました。

檜扇 春日行幸次第(かすがぎょうこうしだい)鎌倉時代(図録より)

この扇に書かれているのは儀式の式次第や要点のメモ
扇のオオモトは「メモ帳」だったそうなのです。

紙がない、あるいは極めて貴重だった時代、代わりに木簡が使われていたのをご存じでしょうか。薄く細く切り出した木の上下に穴を開け、紐を通して巻物状につないだものです。そこに文章を書いて記録に使っていたわけです。

昔むかし、奈良時代~~お役人同士で、こんな会話があったかも。

「おエライさんの来る儀式の運営責任者になってしまった!間違えたらどうしよう」
「要点をメモして途中でソッと見たいねぇ」
「でも儀式の最中にバサッと木簡を開いたら目立っちゃうよ」
「そうだ!木簡の下の方は開かないように紐を〆ておけばいい。
            上の方にだけ式次第をメモしておくんだよ!」
「なるほど!そうすれば、困った時に片手でちょっとだけ開いて、チラッと読めるよ」
「そうだ、そうだ!」
   ぼかし屋想像

扇の発祥を、そうと知った目で見ると、
確かに檜扇は下側の開かない木簡ですよ!^-^;

解説によれば、次第とは「先…次…次…」と儀式の信仰を箇条書きで記したもので、
とも呼ばれたそうです。

内裏上棟次第 15世紀中頃(図録より)
いずれも行幸や上棟式のような儀式を滞りなく執り行うお役人の役に立っていたのですね。
藤原道長と同時代を生きた藤原実資の日記にこんな記述があるとか…

「儀式でヘマをした人がいて面白いから扇に書き留めておいたら、家族が知らずにヨソの人にその扇を渡してしまったので、バツが悪いことになってしまった」

手近な日記でもあったのですね。この実資さんが扇メモも駆使して取材したことを文書として書き留めた日記「小右記」は、道長の時代を知るための重要な資料だそうですよ。
解説によれば、男性が衣冠束帯で儀式に臨む時に手に持つ(しゃく)も式次第などのカンニングペーパーだったことが確認されているそうです。ヘラ状の部分の内側に挨拶文なども書いておいたことでしょう。

扇は平安時代には重要な装身具ともなり、美しい絵を描いた檜扇、お雛様が持っているような、が発達。


紙の普及もあって室町時代以降、軽くて薄く折りたためる紙扇が主役となり現代に至っております。
檜より紙の方が精密な絵を描くことができるので、扇は絵を描く創作の場ともなり、扇を消耗品として終わらせるのではなく、優れた扇絵を保存することも工夫されました。


  扇面貼交屏風 16~17世紀 (画像はNHK日曜美術館アートシーンから)



狩野元信らの印のある扇画が、保存のために扇骨からはずされて屏風に貼られたものだそうです。たしかにモトは扇だったことがよく分かります。


 図録から

ここに貼られた扇絵は 素人の私が見ても素晴らしい画力、技術で、高度なものばかりでした。買い集めた人も、貼って保存した人も見る目がありました<(_ _)>
こういう屏風が呼び水となって、意匠として扇の形を散らせた中に花鳥や源氏絵を描いた屏風や襖が制作されるようになったわけです。


  扇面流図(名古屋城の襖絵)江戸初期

当時扇を水に流し、浮き沈みして流れゆく扇を愛でる遊びがあったそうです。この屏風はその情景を描いたもので、それぞれの扇の中に意匠を凝らした扇画が描かれています。


 拡大図

そして扇の形は着物の模様へとススム、だったのです。。

嬉しいことに我が鈴木其一の扇も展示されていました。

朝顔図 鈴木其一
あっさりと白い紙に描かれた朝顔、写実的でした。

今回のように古い時代からの展示をみてくると、其一のように江戸時代も中期~後半の美術品はさすがに新しく保存状態もいいです。

こんな展示も。日本で扇型を言えば長崎の出島
シーボルトが製作した出島図の復刻版が展示されていました。

東京のオランダ大使館は出島に因み、上空から見ると扇の形の建物だそうです。埋め立てられた出島は見る影も無くなっていましたが、今は少しずつ復元中です。

最後にBS日テレの番組「小さな村の物語イタリア」の一コマをご紹介。
                (ゴージオ ダッローシャ村 1/19)

ダイニングキッチンで食事をするご夫婦。キッチンの壁紙は扇画です。
それらしく言うなら「扇面散らし図御台所壁画」でしょうか(^^♪


展覧会ルポ | 02:20 PM | comments (x) | trackback (x)

新しい年となりました。



昨年中は多くの皆様にお世話になりました。
今年もどうぞよろしくお願いもうしあげます。

新年早々なのですが、ぼかし屋からお送りした年賀状の一部で宛先面と挨拶面が配送中に剥がれてしまった事件が起こりました。接着処理が甘かったようで、郵便局から連絡があって分かったのです。
宛先だけの年賀状が届いた方がいらっしゃいましたら犯人はぼかし屋<(_ _)>、宮崎です。ご一報くださるようお願いいたします。失礼をお詫びしたいと思います。

さて毎年お花の飾り付けが楽しみな元日夜放送のウィーンフィル ニューイヤーコンサート。NHK Eテレで楽しみました。
今年のフラワーアレンジメントはとてもとてもシックでした。



クリーム色からオレンジ色までの同系色でまとめられていました。


アップになると蘭やバラなど豪華な顔ぶれですが、
遠目にはやさしくホールの金色になじんでいました。私好みでした(^^♪

今年は日本オーストリア修好150周年とのことで、楽友協会の資料室で特別展示をしているという案内も放送されました(行けませんが(^^;)
明治時代のお雇い外国人が帰国後にオーストリアに日本の楽曲を紹介した楽譜集


表紙の絵は今も昔もヨーロッパの方が好みそうな日本の文物。
今も変わらないところが面白いですね。

明治期に幸田延(こうだのぶ)さんという女性が楽友協会の音楽院に留学
した時の学生登録証
。真ん中に氏名が書かれています。


日本に戻ってから東京音楽学校を設立、山田幸作や滝廉太郎を教えた方だそうです。
パイオニアの中に女性もいたと思うと嬉しいですね!(^^)!


お知らせ | 10:52 PM | comments (x) | trackback (x)
ぼかし屋には古いシャコバサボテンの鉢がありまして
毎年同じように咲いてくれます。
キャンディーのようにツヤのよい濃い紅色の花で。

それが!
驚いたことに今年は紅白に咲いたのです。



株分けもせず、継ぎ足しもしていませんが?

理由が分かる方、いらっしゃいましたら、当ブログのお問合せ票からご連絡くださいませんか?

何故が分かりませんが、おめでたいですね!!!(^^)!

目出度さを皆様とご一緒に。
よいお年をお迎えください。
季節の便り | 01:45 PM | comments (x) | trackback (x)
着物の染めや柄行きを話題にする時使う言葉の中に
片身替わり(かたみがわり)という言葉があります。
片身とは見頃の右半分、左半分のこと。着物の場合、着た時に衿や胸の色合いが左右で違うことを片身替わりと呼ぶのです。
左右の違いでおしゃれの効果を上げて楽しむための意匠です。
たとえば、

この蘭の訪問着は、全体にグレーとピンクの地色で染め分け、着ると左右の胸と衿で2色が交差するように染められています。


着用するとグレーの方が多く表に出て、ピンク地と華やかな蘭を落ち着かせます。
このように一方を強く華やかに、もう一方は抑え役で片身替わりに合わせることが多いようです。
この片身替わりの意匠は室町時代後半から増えたとか。それ以前にも前例があり、重ね着した袿(うちき)を一方の肩だけ外して下の小袖をわざと見せる着方があったのです。
そういうファッションの歴史の中に片身替わりもあるのですね。


こちらは戦国大名、北条氏康の肖像で、小田原の早雲寺所蔵の原本を昭和初期に模写したもの。狩衣の中の小袖の衿をご覧ください。


片や緑の格子、反対は焦げ茶の無地です。正面から見ると両方が目に入り、両衿が緑の格子であるよりもはるかにお洒落に見えたことでしょう。

この時代以降、江戸初期まで着物は男女問わずに一番華やかな時代に入ります。


こちらはNHK大河ドラマ、伊達政宗の晩年、江戸初期に入ってからの場面です。
俳優さんの衣裳は金茶と濃い海老茶の片身替りの羽織。この場合、後ろから見ると背中心を境にくっきり色が替わる強い対比になっているはずです。再放送で見た時に とても素敵でこの時代をよく写しているので保存していた画像です。
伊達政宗はお洒落の代名詞でもありますね。

片身替わりは着物の特許ではなく、身の回りの和風の物には沢山みられます。

こちらは古い陶器(上野国立博物館の常設展示より)

片身替 釉 水差し(江戸時代)
わび茶の道具なので地味ですが片身替わりのおかげでオシャレ。


織部 洲浜型 手鉢(1600年頃)
洲浜の形の鉢に手提げをつけたもの。


鉢の半分だけにどっぷりと緑釉をかけてあるのです。

実はごく最近購入した小樽のガラス食器も片身替わり!(^^)!


右半分がブルー、左半分はピンクで、とっても身近な片身替わりです。

左右まったく違うけれど、全体として見た時にバランスよい色合い、模様の量が目に入る
という片身替わりは日本の独自性が高い意匠だと思っています。西洋やアラビアなどの文化では左右対称が基本。
左右の衿が違う色、お皿の半分が違う色、面白いですね。

仁阿弥道八の桜楓文鉢(江戸時代)


地色の違いはありませんが、模様が左右でまったく対照的。
春の桜に秋の楓。これも片身替わり応用編ですね。
友禅染でもぜひ真似して、まねびたい柄行きです。
桜と楓、左右をどちらに当てるとよいでしょうか。想像すると楽しいです。着物の場合、上前となる左胸側に来る色、模様が主人公になります。

東京手描き友禅 模様のお話 | 03:05 PM | comments (x) | trackback (x)

少し前の朝日新聞記事です。



ニューヨークのメトロポリタン美術館で所蔵品のうち著作権の切れた美術品などを公共の財産、パブリックドメインとして誰でもいつでも見られるようにネットで公開しているというものです。
フェルメールやゴッホなどの作品のデジタル映像37万点以上を常時ホームページ上で公開していて、見せてくれる公開だけでなく、ダウンロードして印刷も自由に出来るのです。さっそく試してみました。

美術館名 Metropolitan Museum of Art ですぐにホームページにヒットします。
※(ホームページの図柄はどんどん更新されるようです)


右の隅にあるsearchをクリックしますと、
探したい情報を入力するボックスが出てきます。



鈴木其一」を探してみます。
一覧が出てきました。


一昨年東京に来た「朝顔」も見えますね。


芥子図」画像を選んで印刷してみました。


フェルメール」も探してみました。


新聞記事に取り上げられていた「水差しを持つ女」も出てきました。

なかなかの質で印刷出来ました。


画家の名前を横文字で入力する手間はあるものの絵が好きな人には朗報です。
大きく印刷してフレームに入れたり、壁に貼ったり、色々楽しめそう!(^^)!
ぜひお試しください。

ちなみに記事では公共財産に対する日本の美術館の対応の遅れも指摘されています。
東京国立博物館は所蔵品について、撮影は自由ですが、ネット公開はしていません
自由に撮影した写真が着物作りにどれほど役立つかを思えば、気軽に行ける距離に住んでいることを幸運と思いますが、本当は先人たちの遺してくれた財産による恩恵は、居住地に関わらず受けられるべきですよね。せっかくネットの時代なのですから。
ニューヨークで出来て東京に出来ないはずはありませんよね!


お知らせ | 11:04 PM | comments (x) | trackback (x)

ページのトップへ