東京手描友禅、模様の参考に。有田焼の図案

 
 東京手描き友禅、模様の参考に有田焼の展覧会を観てきました。



  ポスターの写真は「色絵有職文耳付大壺」
 蓋のつまみは獅子、壺の耳は鳳凰で、全面に描き込んだ有職文は狂いなし!です。
1875年頃 パリ万博に出品されたらしい作。
らしい、というのは、当時の会場写真に近似する壺が写っているからだそうです。

 放送やネットで画像を観られる現代と違い、当時の万博は輸出品を紹介するカタログのような存在。職人は腕のふるい甲斐があったことでしょう。
 日本の工芸のなかでも陶磁器、金属細工、漆塗り、刺繍などの技術は明治期が絶頂期だったとよく聞きます。輸出による外貨獲得を目指して、政府が優れた工芸品の製造を奨励したからです。
イタリアルネサンスにはパトロンとしてのメディチ家が欠かせなかったように、明治期は日本国が職人たちのパトロンとなり、競わせて生産させた技術の高い工芸品を西欧に輸出していたのでした。ここ数年の各種展覧会はちょっとした「明治超絶技巧流行り」ですね。


    色絵人物花鳥文コーヒーセット(明治初期)

 図説によれば、西欧の形に和風の模様で、当時の輸出品の特徴がよく表れた作例。
ポットが2点。それぞれコーヒーとミルクを入れ、高い所からカップに注ぎ込んでカフェオレにしたのでしょうか。

作者の心意気を感じた花瓶を紹介します。


  色絵牡丹文花瓶(香蘭社製)1875年(明治8年)頃

 風に吹かれてそよぐ牡丹。釉の上に黒い顔料を斜めに吹き付けて、吹く風を表現しています。
この図自体は清朝絵画(風牡丹図 神戸市博物館所蔵)を参考にしたと推定されるそうです。
 「とにかく和風、東洋風の模様が描いてさえあれば西洋人は喜ぶ」という制作姿勢を感じる作もある中で、この花瓶は作者が表現したかったことが伝わる一作だと思います。

 この展覧会は磁器の作品ばかりでなく、当時の図案が展示されていました。


    いずれもパリ万博用の図案。

 左上の雪よけから覗く牡丹の図案はよくご覧いただくと、壺全体が雪よけです。磁器の実物は発見されていないとか。残念です。でも「雪よけ」は当時の西洋の人々に分かってもらえたでしょうか。ちょっと心配…。
 左下の図、「間垣の向こうの菊」は手描き友禅のお手本そのもの(^^)/

 こちらは図案、作品、箱書きがすべて残っている幸運な例

   色絵亀甲地羽根文瓶 1902年(明治35年)頃

白い羽根は絵具を盛り上げて立体的な表現となっています。

 今もまったく古さを感じさせないディナーセットもありました。

   染付菊唐草文洋食器 1879年(明治12年)頃

 左上の五角形の大皿は、図説によれば魔除けの意味を持つ五芒星形で、洋食器としては大変珍しい形だそうです。
真ん丸の菊文を唐草にしているので、皇族が使用した食器でしょうか。

 最後の写真は風呂敷です。ミュージアムショップで買いました。

 紺地のしっかりした綿地に有田焼の模様がたくさん。
風呂敷は必需品なのでいくつあっても嬉しいものです。

 この展覧会はこれから全国を巡回。来年の今頃が東京開催。
だいぶ先なので、横浜展を観られて幸運でした。
 それにしても、絶滅危惧種ばかりの現代の伝統的工芸品の厳しい状況を思うにつけ、明治期は工芸にとって幸せな時代だったと思わずにはいられません。

 ちなみに友禅染は伝統工芸の中では新しい技術で、始まりは江戸時代。最盛期は大正昭和。戦後の混乱期を過ぎてからの昭和40年代位までと言われています。
東京手描き友禅にもメディチ家が現れないでしょうか。(^^;)
展覧会ルポ | 09:56 PM | comments (x) | trackback (x)

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